2人目がおなかにやってきた

上の子が1歳3か月の時、下の子を妊娠しました。
でも、妊娠がわかって1週間も経たないうちに、いきなり出血…

産婦人科に駆け込んだら『柔毛膜下血腫』ということで、「あかちゃんの生命力が強ければちゃんと育つし、弱ければ流産してしまいます」と言われました。
その日から切迫流産の安静生活。
できるだけ横になって過ごしました。
でも1歳の子がいるし、パパは仕事でほぼ家にいないので、安静にも限界があり…
1か月自宅で頑張って、その後は実家にお世話になりました。

何度も何度も鮮血の出血があり、時々びっくりするほど大出血で、とにかく心配で仕方ない落ち込む日々でした。
もともと心配性な私…
他にやれることもないので、布団に横になりながらスマホで「柔毛膜下血腫」や「流産」を検索しまくりました。

高度の不妊治療で授かった大事な命、
ダメになっちゃったらどうしようと、いつも不安になり、気持ちがどん底まで落ちて…必死に祈っていました。

『今出てきちゃダメだよ!秋(予定日)に産まれてきてね!』
といつもおなかに話しかけていました。
(➡後に下の子の名前の由来になります)

安定期に入っても血腫が消えず、安静生活は約5か月間続きました。
日中は時々上の子のトッポンチーノを抱き枕にして横になっていました。
そうしていると心が少し落ち着きました。
でも、同時に上の子と満足に遊んであげられない悔しさも込み上げ…
心の修行のような日々でした。

あかちゃんはいつでもすごい生命力で、何度出血してもおなかにしがみついて居てくれました。

お陰で私も勇気をもらい、後半はあかちゃんが生まれた後のことも考えられるようになりました。

『あかちゃんが無事に産まれてきてくれたら、トッポンチーノがもう1つ必要だな~。』
『今度は自分でトッポンチーノ作ってみたいな~♪』
と思いましたが、安静生活が長過ぎて諦めました。

とにかく命を守ることに精一杯だった2人目の妊娠生活。元気に生まれてきてくれたから今の生活があります。

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