不妊治療の卒業とトッポンチーノへの思い

今日は少し番外編。
2017年の終わりの日ですね。
私にとっては不妊治療の卒業の日になりました。

私の2人の子供たちは名古屋の浅田レディースクリニックで顕微受精をして授かりました。
前の病院で同じ治療をしましたがなかなか結果が出ず、転院して浅田レディースクリニックに通い始めました。

転院後の検査で私は自分が重度の無排卵(多嚢胞性卵巣症候群)だということを知りました。
院長先生から
「あなたは排卵したことがほとんどありません。」
と言われた事を今でも覚えています。

子供の頃から、生理が来たり来なかったり…
何かのきっかけで、年単位で止まってしまったりして、母に『おかしいよ』と言われ不安になったり悩んだりしていましたが、
はっきり伝えてもらったことで、今までの苦しみが晴れ逆に判ったことにほっとしました。

今まで上手くいかなかったのが嘘みたいに、浅田レディースでは1回の採卵で上の娘を授かりました。
当時の私は必死だったので、自分のお腹に自分で注射をして卵を育てたり、遠い病院に仕事をしながら通ったりすることも当たり前にこなしていましたが、今思えば心身ともにハードな日々でした。

妊娠後、不妊治療で散々ネガティブになっていた私は、赤ちゃんは順調だったのに不安ばかりの妊娠生活を送り、ちょっと心配な事を見つけては検索魔になっていました。

やっとちょっと落ち着いたのはお腹が大きくなり8か月を過ぎてから。
流産や早産の根拠のない不安を考えずに、赤ちゃんをどうやって育てようと幸せな未来を考えられるようになりました。

たまたまインターネットで見つけたトッポンチーノを自分の育児に使いたいと思ったのもこの頃。
苦労して生まれて来てくれる赤ちゃんに『いつでもどこでも安心できる居場所』をつくってあげたいと強く思い衝動買いしました。

娘が生まれた時、産声を聞いて人生初の嬉し涙がぽろぽろと溢れました。
出産後トッポンチーノは私の望み通り赤ちゃんの大切な居場所になり、 楽しかった日もつらかった日も赤ちゃんと私といつも一緒で、ぜったいに忘れられない育児の「象徴」になりました。

不妊の私は焦りから上の子が10か月になる頃に断乳し、1歳なるとすぐ不妊治療に戻りました。
上の子の時に採って1つ凍結してあった胚盤胞(受精卵)は、お腹に戻しても着床しませんでした。

やはりもう一度採卵からやり直し。
2人目の不妊治療は大変な事が増えました。
1歳になったばかりの上の子を一時保育やおむつも替えたことのない父に預け、名古屋まで往復2時間半、電車で浅田レディースクリニックに通いました。

子供は連れていけない病院なので、上の子が熱を出したら(保育園に預けられず)治療に行けません。その不安がいつも付きまといました。でもママ友の「困った時は私がみてあげるから」という優しい申し出に精神的に助けられました。

こうやってみんなに助けてもらって授かったのが下の息子です。
下の子の妊娠は「柔毛膜下血腫」という状態で、わかってからずっと出血が続き4か月以上寝て過ごしていました。

1歳の上の子はだっこもしてあげられず我慢ばかり、家事もできず1か月経った頃から実家でお世話になりました。
出来ることは安静にすることだけ。ネガティブな私は横になっていつも最悪なことばかり考えていました。

何度も何度も出血しました…。
血の塊が出てきた時は血の気が引きました。
それも何度もあり…怖い日々でした。

心に決めていたのは無事に生まれたらこの子にもトッポンチーノを使うこと。
『わが家にトッポンチーノが2つになってほしい』といつも思っていました。
トッポンチーノは私にとって「勲章」みたいな存在になっていました。

流産の危機を強い生命力で乗り越えて生まれてきてくれた息子。宝物がまた1つ増えました。

話を戻します。今日がなぜ不妊治療の卒業の日なのか…
2人目の不妊治療でできた残り20個の受精卵。
大切な卵、できれば3人目も…と思い今まで保存してきましたが、今日でさよならすることにしました。

私はこれまで不妊で苦しんできたこともあり、子どもは多ければ多いほど幸せだと思ってきました。
でも私の事を振り向かせたくて、必死に私の奪い合いをする姉弟を見ていたら、1人ひとりじっくり向き合って私も一緒に育っていきたいという思いが強くなったのでこのタイミングで不妊治療の卒業(卵の廃棄)をすることに決めました。

いろいろ理由はありますが、何よりもう気持ちが不妊治療に向いていきません。

せめて大事に思ってきた残りの卵たちに何かしてあげたくて、(仕事と育児の息抜きも兼ね)卵たちに捧げるつもりで大好きなトッポンチーノをつくりはじめました。

きっかけは何であれ、私の作ったトッポンチーノを今ではみなさんに使っていただいています。
背中スイッチに悩むママさんから「寝ました~」と喜びのコメントをいただいたり、赤ちゃんの写真を送っていただいたり、みなさんから幸せをいただいています。

勝手ですが、これは残りの卵たちからもらった新しい幸せだと思っています。

だから、卵ちゃんたちさようなら。
お腹に戻してあげられなくてごめんね。
幸せをありがとう!
天国で会いましょう!

頑張り尽くしたから、不思議と後悔はありません。
毎晩、私の左にお姉ちゃん右に弟。みんなでぎゅうぎゅう押し合いながら眠りにつきます。治療をしなければ得られなかった最高の幸せです。
浅田レディースクリニックのみなさん、私に宝物をくださってありがとうございました。

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